
幼い頃より、父(現杉山歯科機械会長)に連れられ色々な歯科医院へ!歯科医院は身近な存在に。
小学校3年生の時に、父が務めていた老舗の歯科ディーラーを退職して、杉山歯科機械を創業。
当時の自宅を改造して起業したため子供部屋が半分に・・・。
母が仕事をするようになった瞬間の記憶ははっきりしている。
思えばその住まいは変わっていた、壁や床に蛇口の跡があるし、玄関は二つ、中心部には腰の高さぐらいの小さなカウンターと小窓。。。
実は、私が小学校を卒業するまで育った住まいは、元診療室。
長男だった事もあり、継ぐのは当然と思っていた。
中学〜高校の6年間は卓球に明け暮れた。
ある意味、今よりも休みが無い状態・・・。
おかげで色々と鍛えられた。
今、最も応援している一人の先生の同級生が自分のコーチだったことも後に判明、やはり縁を感じる。
大学には行かず(行けず)、専門分野を勉強しようと渋谷駅前の専門学校へ。
電子工学を学ぶ。(電気工学にしておけばよかった。。。)
20歳になり歯科輸入器材総合商社である白水貿易に入社。
営業II課という、機器類全般を担う部署に配属され、ユニット、レントゲンから小機器まで全てを学ぶ。
5年間勉強してから家業に戻ろうかと思ったが、父が大病をしたため予定より早く白水貿易を退社して家業へ。
幸い父は、生活に支障はない程に回復したが、仕事上での指導者としての能力は半減。
私はいきなり自営業のイロハを迷走しながら独学するしかなかった。
大変、苦しい時期を7年ぐらい過ごすが、今となってはそれがなければ自分の覚醒はなかった。
そう思うと「最悪の事が後になれば良かった」という多くの起業家の言葉が今は良くわかる。
32歳で正式に父よりバトンを受け取り代表取締役に就任。
現在の自分の役目は「患者さんのための歯科医院作りに真剣な歯科医院」を支援すること。
〜〜〜なぜ?映像制作をはじめたのか?〜〜〜
2007年の秋に、ある先生から「杉山さん動画作れない?」そう言われたのがきっかけでした。。。
その時、直感的に感じたのです!!!
「これだっ!」と。。。
思えば、小さい頃からカメラに慣れ親しみ、大人になると一眼レフ、そしてパソコン(特にMac)に夢中になっていました。
自分の好きな事、得意な事で、まわりに貢献をもっとしたいと思っていた私は、機材を揃え、猛勉強をスタート!!!
これまでやってきた事、勉強して来た事がすべて役に立つ。。。
「人生で無駄な事は何もない」と実感。
映像(動画)は、これからもっともっと身近な物になっていきます。
携帯電話や携帯ゲーム機も最新機種は動画再生機能が必ず取り上げられ話題になっています。
これまでは大手企業だけが行って来た動画配信が、これからは個人から個人の時代になります。
映像(動画)には、言葉や文章を超えた可能性があります。
出来上がった映像(動画)はホームページで配信したり、DVDビデオにして待合室で放映したり、チェアーサイドのパソコンで再生したり、配布用DVDを作り患者さんに配ったり・・・
使い道はアイディア次第!無限です!
